プロフィール
vol.15東京都在住 (32歳 男性)

都内某大学医学部平成13年卒
東京都内大学病院耳鼻咽喉科勤務

以前より聴覚に興味があり耳鼻咽喉科専門医を取得後、
卒後7年目で大学院へ進学し現在耳鳴について研究中。

研修医時代の思い出

 私は平成7年に都内の某大学医学部に入学しました。入学して間もなくおそらく皆さんもそうであったように、各部活動、サークルなどからすさまじい勧誘を受け結局サッカー部と山岳部に入部しました。お陰様で4年生になっても狭心症と心筋梗塞の違いがわからない程、課外活動中心(夜の課外活動も含む)の学生生活を送っておりました。ただ講義を受けに毎日大学には行っておりましたので留年はしませんでした。
講堂は4つぐらい座面を出せばフルフラットシートになるためシートは硬めですが枕さえ持っていけば快適なベッドに早変わり。そんな学生でしたから、出席はとっても講義を聴いた覚えはほとんどありません。おかげで5年生になり臨床実習(ポリクリ)に行った時は毎日が新鮮でした。不幸にもポリクリで私と同じ班になってしまった優等生の女子からは白い目でみられましたが。

 実は私には学生になったらどうしてもやりたい夢がありました。それはスキーのインストラクターになる事。
大学の部活を2つ兼部しつつ東京都スキー連盟に登録している社会人のスキークラブにも入り、春夏秋冬1年を通じて大忙し。毎年前期後期の定期試験が近くなると図書館で同級生が勉強をしているのを尻目に山籠り。山から里に戻ってくると各教科テストの資料の山が・・・。本試験が終わると再試験の嵐。それが終わると秋は山岳部の合宿、春はスキー場のペンションで住込みしながらスキーの練習。挙句に大学2年生の頃に腰椎の椎間板ヘルニアを発症し、スキーシーズンが終わる頃にはほとんど足が上がらず、新学期が始まるまでの間自宅で1週間寝たきり状態になっていました。しかしそんな努力が実を結び、大学4年生の頃にようやくスキーのインストラクターの資格を取得できました。スキーのインストラクターは資格試験にもかかわらず3割弱しか合格できないので合格した時は大変うれしかったのを覚えています。
そこで突然ですが今まで私が合格発表でドキドキしたランキングは、
  第一位  医師国家試験の合格発表
  第二位  スキー指導員検定の合格発表
  第三位  自動車運転免許の合格発表と大学の新年度の進級発表(所定の場所に毎年掲示)

第一位から第三位まですべて学生時代に経験してきました。
第三位にランクインした進級については普通の学生は心配ないのですが、いかんせん課外活動(夜も含む)中心だったもので毎年スキー場から同級生にビクビクしながら電話をして聞いたのを覚えています。
そして第一位はやはりこれしかないでしょう。医師国家試験。私の受験した第95回はそれまでと大きく異なり問題数が大幅に増えた年でした。国家試験の形式が変更されると今年は合格率が下がるだの上がるだの勝手な噂が飛び交います。前年度の合格率が非常に低かったこともあり、さすがの私も国家試験の前ぐらいは勉強をしました(その年の冬もスキーはしてましたが)。国試直前の模擬試験での成績も安全圏内でしたので多少自信はありましたが、厚生省に直接結果を見に行った時のあの胸の高ぶりは今でも忘れられません。
厚生省に着くと机の上に合格者名簿が置いてありそれを自分で開いて名前を確認するのですが、表紙に合格率が90数%と書いてあったのを見て、落ちついて名簿をめくり自分の名前を探せたのを覚えています。

 留年と国試浪人はしない事をモットーに送った学生生活でしたが目標通り無事に6年間を終えバリへ卒業旅行に行ってきました。今までで一番楽しい旅行は間違いなくこの卒業旅行でした。このとき私はこれから始まろうとしている涙なくして語れない大変過酷な研修医時代が訪れる事を知る由もありませんでした。
医学生の皆さん学生でも医者になってからでも今やりたいことは今やらなきゃだめですよ。反省する時間は後でたくさんあります。やりたい事をやらないでいると後できっと後悔しますから。今日も都内の某大学病院耳鼻咽喉科から皆さんが有意義な学生生活を送れることを願っております。

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