プロフィール
vol.19東京都在住 (40代 男性)

慶應義塾大学医学部 平成3年卒業
開業医 内科、小児科、皮膚科、リハビリテーション科
趣味 音楽鑑賞、油絵

医療における現代の課題

 研修医制度の改革は、「よかった」と思っている医師が多いようですが、私は良い側面が少ないと思います。まず待遇が良くなった分、色々な体験をさせてもらえなくなっているという点が大問題なのです。

最近、私はさる病院で当直しました。別の病院の若い当直医師からひどい治療をされて送られてきた喘息重責発作と異型肺炎を合併した患者さんを診ました。発熱しているのにレントゲンも撮らず、ステロイド入りのルーティーンの点滴と効かない抗生物質の投与だけして、「発作が収まらない」ということで放り投げてしまっていました。
ワシントンマニュアルに書いてある化石のような患者さんを苦しめる恐るべき治療もなされていました。まさに病気やその対策のマニュアルを見て病人を診ていないのです。喘息重責発作という病態だけにとらわれて他の病気の合併の可能性を全く考えていない。当直という極限状態では、冷静な判断ができない可能性は充分あります。しかし医師として最低限患者さんの命とQOLを守ることは必要です。そうすることが自分の身を守ることにもつながります。
結局、入院止めになっていたせいもあって、午前零時から朝の4時ぐらいまでかかって、抗生物質+気管支拡張薬の点滴と内服外用で症状の改善を認め、歩いて帰宅されました。「本当に死ぬかと思うぐらい苦しかった、でもこの病院で治療してもらって感謝しています」と何度も言ってお帰りになりました。

全く話題は変わりますが最近、初診の髄膜炎を診断できなかったということで、医療訴訟で医師が負ける判決がでています。ですから新制度のもとで研修を受ける皆さんは、研修が終わってから、がむしゃらにやらないと温室栽培の欠点が出てきます。
その極めつけは、患者さんが死亡し医療訴訟に負けて、経済的、肉体的、精神的に立ち上がれない程の打撃をうけるというものです。
もちろん旧制度の下でも9時から5時を貫いていた研修医がいました。自らの環境を温室栽培にしていたわけです。しかしその結果、指導医、コメディカル、同僚の研修医からも全く相手にされなくなりました。あげくの果てに、やせ薬の濫用、無資格者の投薬の責任をとって逮捕されました。まさに自然淘汰です。
臨床の医師という職業は、自己犠牲を強いられる運命にあります。若い内に自己犠牲を極限状態まで味わっていないと前述のように患者さんを苦痛に追いやるという事態に簡単に陥ってしまいます。
頭でする医学のお勉強は、6年間もやれば充分でしょう。できる限り自分を苦しい環境に追いやって、どんな患者さんにもある程度対応可能なスキルを身につけて下さい。もし本を読んで勉強するなら、臨床のピットフォール(落とし穴)について、症例解説した本を数多く読むことをお薦めします。 もう一つは薬の添付文書を時間のある限り読むことをお勧めします。
薬の禁忌、副作用、相互作用、作用機序、代謝、排泄などが頭に入っていないと適切な治療ができないことが多いからです。こうした本や文書には特に救急外来など一瞬の判断が患者さんの生死を分ける環境で生かされる知識がぎっしり詰まっています。

医学生へ向けてメッセージ

 勤務医の先生方から、「開業はいいね、お金が儲かるから、好きな時に休診にできてうらやましいね」と言われることがあります。まさに他人の芝生は青い状態です。しかし、通常の外来と在宅医療を両立している開業医に自分の自由になる時間とお金は、ほとんどないのが現状です。
宮仕えは辛くても、責任は病院長がとってくれ、同僚に迷惑をかけても自由に休暇が取れる、コメディカルや他の専門医が常に回りにいる勤務医の環境こそ、医療に専念できるいい環境ではないかと私は考えています。

診療所が存続するように経営のことを考え、有資格者を雇い、使いこなすことがどれだけ困難かは、勤務医と開業医両方経験した人間にしか分かりません。だから開業医には、未来がないと言うつもりはありません。
また勤務医の先生と張り合ったり、論争したりするつもりもありません。どの医師も協力しないと医療崩壊がさらに加速します。いつの時代も病気は無くならないし、新しい病気も出てくるし、人間を永遠に生かし続けることはできません。医療の需要は常にあります。需要が有りすぎて困る場合もあります。

特に困っているのは、精神神経科の患者さんおよび認知症の患者さんが増えていることです。
今のところこれといった根本治療がなく、医師と患者ともに薬物療法への依存度が高いという現状があるわけです。
うつ病などで10種類以上のお薬を内服されていると、その相互作用を考えるのは天文学的な数字になってしまいます。「感冒」など内科の軽い合併した病気の治療にも、ものすごく神経を使います。
また患者さんへの説明を怠ると「自殺」などの恐ろしい結末が待っています。でも最大限の努力をしていれば、患者さんには喜んでもらえると信じて医療をしています。

開業医ながら、皮膚科のない病院に往診に行き、大病院の当直もやるのは、決してお金のためだけではありません。自分の医療が通用する範囲を知り、その範囲からはずれる場合は適切な専門の病院に紹介するという謙虚な姿勢も重要です。
たとえば、先述の当直の病院で、家族癧としてお父さんが解離性動脈瘤で手術を受け、心筋梗塞で亡くなった方が、左背部痛を主訴としてやってきました。
マルファン症候群を疑いましたがバイタルサインは安定し、採血、心電図に異常を認めず胸部CTを撮影し、自分なりに読影しました。外科の当直医にも相談し、なおかつ緊急時のための救急救命センターへの紹介状を添えて背部痛増悪時に救急車を呼ぶようお話しをして、帰宅して頂きました。患者さんは「ここまで救急でやってもらえたので、安心しました。ここを受診してよかった」と言って帰宅されました。
こうした柔軟できめ細やかな対応および精一杯の現実的努力で患者さんに喜んでもらうために自分磨きを何歳になっても止めないという決意を私は固めています。

皆さんは、医学部という難関を突破した優秀な人材です。ぜひ大志を抱いて、国家試験を突破し、沢山の病人を救う道を歩んで頂きたい。継続は力なりです。臨床医も基礎医学の研究医もその目的、使命は変わりません。たとえ志なかばで野口英世博士のように亡くなっても、その崇高な使命感と現実的努力の継続は後々の世で讃えられるでしょう。
我々の世代を乗り越えて「後世畏るべし」と言われる医師になって下さい。お願いします。

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